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  不動院 住職 三島覚道
  不動院 住職 三島覚道
 



皆さまへ


 私が不動院住職に成った経緯に付いて少しお話し致します。

 

  昭和四十七年三島商事を設立して、胎盤術後内蔵物 病理標本 胎児の火葬手続きの代行・ ペットの火葬等を始めました。 仕事は順調に進んで居ましたが、 昭和四十八年妻が原因不明の腰の病に掛かり半年余り通院 入院の生活をしました。  歩く事も トイレに起つ事も 自分で始末をする事も 一切出来ない生活でした。私は小学生と保育所に通う 二人の子供の面倒をみる事と 妻の看病に疲れ果てて居ました所、 妻の実家の近くに法力の有る住職さんがいる。 其の住職さんは、妻の祖父と親子杯を交わしてる方で 直ぐ妻を連れて来る様に言われたと 連絡が入りましたので、 私はとりもなおさず妻を連れて其の住職さんの元に詣りました。

  車から背負って下ろして 不動明王の眼前に参り、 住職さんの霊視 降霊を受けると私が生業の一部にしている 水子の霊が沢山出て来て、

  「私達にも生きる 権利が有る。 親の身勝手に依り闇から闇に葬られ追善供養して貰えず後も振り向いてくれない。 私達はゴミでは無い! ちゃんと此の旨を親達に伝えて欲しい。 生きてる 兄弟 姉妹は色々と可愛がり、 私達は何もして貰えない 。此の悲しさ 苦しさを解りせめて年一度思い出して供養して欲しい と伝えてくれ。 何もしてくれないなら 親達此の世に来たら許さない、恨みつらみを言うだろ」 と話した。

  私と住職さんが水子の供養をした処、 家内はその場で立ち上がる事が出来 帰りは自分の足で歩いて車に乗ることが出来ました         

  後日 住職さんの元に赴き、霊験あらたかなる 不動明王さんと 弘法大師 さんを御奉りしたいと お願いしたどころ、 住職さんが子供時より拝んでる 不動明王さんとお大師が拝殿に有るから君が守をしてくれと言われ。驚き又喜んで 我が家に迎え 現在は私が開基した慈恵山不動院の祭壇右側にお祀りしています。
家内は昭和四十九年水子供養と病気平癒のお礼の為に四国巡拝を致しました

        四国巡拝  これがきっかけで 私の四国遍路も始まりました。

  昭和五十年9月私は住職さんの先達に依り二十数名と共に初めて四国遍路を致しました。 四国霊場13番大日寺で宿をお借りしました。 車は四国一番霊山寺近くの 板東タクシードライバーは現在社長の高橋さんでした 。
高橋さんの運転で此の後七回御四国参りをさせて致しました。

   私が出家したのは三回目の遍路で、 四国霊場13番大日寺に泊まり 現在の客殿に寝ているとき、 夜中に弘法大師が住職さんに降臨せられ 「汝此の者の右腕を取ってみよ」と申されて帰られました。直後稲光が起こり雷鳴凄く 俄かに大雨が降り出しました。 其の雨は凄く客殿の樋に止まらず飛び越えて地表に滝の如く降り、 まるでバケツの水を流すが如く降りました。 当日は満月近く夜空は満天の星空でした。 お大師様の足洗いの水だと 後で同行の方達と話したのです

此が縁で昭和五十七年四国霊場13番先代住職 大栗弘栄師に推薦して頂き、四国八十八ヶ所霊場会 公認先達と成り、 現在準特認大先達を拝命しています。

 


 

プロフィール
昭和16年6月9日生まれ


昭和六十二年1月二十一日

大日寺住職 伝戒師僧正大栗弘栄師を拝し 国中寺特設道場にて得度         

平成五年五月二十六日
香川県善通寺市金倉寺町 別格本山 金倉寺住職 阿遮梨権大僧正 村上法照師を拝し得度       

平成五年五月二十六日

総本山一乗戒壇道場(別格本山金倉寺特設戒壇道場)において別格本山金倉寺住職  伝戒師、阿遮梨権大僧正  村上法照師を拝し授戒

平成五年六月四日 準教師を受く

平成五年九月十一日 不動院代表役員    不動院住職拝命   

平成八年七月一日  権大律師 拝命    

平成八年九月五日  加持祈祷師拝命   

平成十年八月一日 権小僧都拝命     

平成11年十月一日広島県宗務支所長拝命 平成13年四月一日 得度伝戒師拝命   

平成18年十二月二十六日   権大僧都拝命


平成19年二月二十日地方布教師拝命  

 

修験道

平成五年六月四日 検証を受く

平成九年七月十七日 当道秘法伝法を受く

 

現在に至る。

   
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